ヤギヤギ

茶碗蒸しが作れるようになってうれしい、さいきんはうれしいことがいくつかあった 神保町に人のライブを見るために初めて行って、神保町に行ったら終わりだみたいな謎の気持ちを払拭できた ふつうにいいお店がふつうにあってよかった 土地を過度に恐れることはよくない
トーテムポールがあるちょっと趣味の悪いような喫茶店でココアを飲んだりした。店員の女の子たちが私服の長いスカートをずるずるさせているところを見てやっぱり趣味が悪いなと思った こういうのはふしぎだ。電車で見かける小学生の、お揃いの擦りきれたナイロンのナップザックやフェルト帽の下の皮膚に食い込むようにきっちり編まれた三つあみ、膝丈のコート、そこから少しだけ出るスカートと棒のような脚が4本も6本もならんでいるところを見ると、枯山水の庭みたいなさっぱりした気持ちになる、制服というものを毛嫌いする人がわたしのまわりには多いけど、ああいうのはきれいだなあと思う 何の気もなしにただ着せられている感じが美しい まだ3頭身もないようなこどもがやわらかい派手な布にくるまれていたりすると、やっぱりいいなあと思う
かなしいことはおかねがないこと、アルバイトに応募したけどまた落ちたかもしれない 神保町へはやめてしまったバイト先の人のライブを見に行ったんだけど、殺風景なステージと合間ってすごくよかった ほんとうであることがたいせつであとはどうでもいいと思った 新しいとか工夫とかそういうのはよく分からない 知識がないので最初だとか二番煎じだとか言われてもよく分からない
そのバイト先にいた怖いお兄さんが、わたしのことをちょっと好きだったからやめたとき落ち込んでいたと聞いてバイト先に勝ったような誇らしい気持ちになった。でもそういうことを思ってしまう自分がかなしかった。その人はしごとではないことを理解していない。しごとがわたしを許してくれたと思うのはおかしい。それが異性とかそういうことは置いといて、人に愛情を持つことは愛らしいことだ。抱擁という漢字には鳥のひなを抱いているようなイメージがある。誰も悪くないんだから、と言われた。そうだね。わたしはもっとちゃんとしなくては。いつまでも言い訳ばかりしていてはだめだ。山羊のヤギヤギの顔を思い出す。ヤギヤギは紐につながれていたけれど、お気に入りの石を持っていて、そこに上がったり下りたりすることで何かを言いたがっていた。わたしの勝手な妄想かもしれない。ヤギヤギは頭が小さく、首が長く、黒い巻毛がつやつやしていた。わたしはヤギヤギのことが好きだったのであの宿を離れたときに落ち込んだ。飛行機で何度もビデオを見た。何かがいなく
なるとすぐに涙が出てしまう。わたしがいなくなるときのことは考えたこともないのに、自分が少しでも欠けることがつらい。自己中心的な考えだ。強くなって、自分を丸く保たなくては。子供じみていて暗い。やっぱり何が言いたいのかわからなくなった。