ペンギンのある家

近くに住んでいる友だちとお茶を飲んでいたときにきれいな料理の写真を見せてもらいました。これでお昼は千円なの、見えないでしょ、すごい、いいなどこ?あっ近い、こんど行こうなんて話をしていたら、母と食事をしたときのことを思い出しました。高校のとき、わたしはその日朝から体が浮くようにだるく、学校のことを考えればいつでもじんわりと涙が出るような気持ちでした。空が真っ白に曇っていて、そのせいもあって目がちかちかと霞み、学校に間に合うギリギリの電車に乗ったけれどとても授業に出る気にはなれず、そのまま駅の近くの図書館で時間をつぶし水族館へ行ったのでした。さびれた町でした。昼前なのに人影もなく道の先、防波堤の奥に見える波立つ海だけがとってつけたように堂々としていました。水族館は白い壁にカラフルなペンキで魚やペンギンのイラストが描いてありましたが、色あせて近くで見ると細かいひびが無数に入っていました。チケットを買おうとするとこのあたりに住んでいるのかと聞かれたので、隣町に住んでいると伝えると、無愛想にそうですか、では800円かかります、入場料が無料になるのは市民の方になりますのでとプラスチックのボードを指さされました。高いなと思いながらも仕方ないのでお金を払い、水族館の中へと入るとやはりがらんとしていました。ペットショップにいるような熱帯魚が立派な水槽で泳いでいます。パネルのないよくわからない魚がたくさんいました。とても大きなうつぼのような魚は広すぎる水槽の端のほうで眠っているのか、しばらく見ていたけど動きませんでした。眠たくなるところだなと思って人もいないのでしゃがんでいると、場内アナウンスがかかり、名前が呼ばれました。受付に行くと母が立っています。何も言いませんでした。わたしは、泣き出したい気持ちになって、何も言わずに母のあとをついて歩きました。車に乗ってからも、母は何も言わずに海沿いの国道を走らせました。長く何か言おうとすると涙が出てしまう気がして、ごめんなさいと短く言うと、母はすこしだまったあと、お昼は?と言いました。まだだよと答えると、なにか言ったようだけど分かりませんでした。そのまま車を白い教会のような場所につけて、母が降りたのでわたしも続いて車を降りると、教会のような建物はフレンチレストランのようでした。母とわたしはそこでひとことも会話をせずにふたりで食事をしました。帰るころには日が傾いて、海がオレンジ色に見えました。なんでもないようなことふたことみこと、そのあとはやっぱり黙って、車の窓から夕日の沈むのを見ていました。そんなことがあったと思います。もうずっと昔の話のように思えます。