ほんとはね

冬になるのかも、このまま、なんかまた暑くなるってずっとずっと言ってる、みんな言ってるけど、このまま冬になるのかもって今朝思ったよ。朝起きて窓から手を出して見たら冷えた空気がヒュンヒュンってきてわたしの頬に触った、ここは5かいだから窓がちょっとしかない、顔をくっつけて見下ろすと乾いた道路の灰色が影のない感じで、夏みたいにも見えたけど、あのヒュンヒュンの空気を吸ったら身体中の毛穴が冬って思ったよ。からだにしみついてる。もう冬なんてすっかり忘れて日焼け止めの粉のにおいに死んでいたぜんぶの毛穴が冬の朝になって深呼吸して、ああ、あのとき、あの感じ、この感じ、秋になってそのまま冬になるこの感じ、乾いて丸まった街路樹の大きな葉っぱとか、そう、東京の冬を初めて知ったときのこと、生まれた冬のこと、ぜんぶがそっくりそのまま冬のからだが復活した、違うわたしみたい、ウールのセーターのかびくさいようなにおいとか、すぐ冷めちゃうコーヒーのかたまりみたいな温度とか、恋人のボロボロの重たいコート、冬のにおい。初めての冬がこんなに毎年きちんと初めてになるなんて、なんだか涙が出そう、なみだ、涙は秋がそのまま冬になるときにバイバイする夏の水かもしれない。涙が出るということはそれだけでこんなに寒くて幸せで苦しい。またね、とか、さようならみたいな言葉を、わざとらしく口に出して見るだけでその間に、わたしは一度死んで生まれてこの年、この冬まで育ってきた人間にはあまりに長い時間が、ほんの一瞬に繰り返してはさまっている気がしている。だからふざけてさようならなんて言っては、ほんとうはだめなんだけど。